今回は2021年4月5日に発表された第一三共の第5期中期経営計画について個人的な見解や最新情報を含めてまとめます。
こちらの記事を読むことで、第一三共が2030年ビジョンを実現するために目指す方向性と将来展望への理解が深まります!
特にADC以外の第一三共が今後の柱として育てていくモダリティについて、最新の動向を元に考察していこうと思いますので、是非お読みください!
前回中計の振り返り
まずは前回の第4期中計 (2021~2025年度) について振り返ります。
その中でも最も注目すべき成果は「ガン事業の立ち上げ・確立」になります。
ガン事業の立ち上げ・確立
具体的に達成した項目は以下です。
- エンハーツの上市、新適応取得
- 乳がんだけでなく、胃がんでも適応を拡大
- エンハーツとDaxo-ADCに関して、アストラゼネカとの戦略的提携
- 2剤で最大1.4兆円を受け取る予定
- 3ADC (エンハーツ、Dato-DXd、HER3-ADC) の開発進展
- 3ADCで複数の臨床試験を実施
他に達成した主要な項目は以下です。
- エドキサバンの売上収益1000億円達成 (市場シェアNo.1)
- 国内医薬品売上シェアNo.1獲得
- 米国事業の拡大については、疼痛事業は失敗したが、エンハーツ上市は達成
- 後期開発品の充填も十分。他モダリティも研究が進展
- 時価総額が国内企業のTop10に入った (2022年現在は27位)
第4期中計で設定していた目標の多く達成し、2025年ビジョンである「がんに強みを持つ先進的グローバル製薬企業」の実現が現実味を帯びてきました。
次は「2030年ビジョンの実現」に向けた段階に入りたいと考えています。
第5期中期経営計画の概観
第一三共は以下の様に2030年のありたい姿を設定しました。
具体的なありたい姿は以下の通りです。
- がん領域でグローバル Top10
- 更なる成長の柱が収入源の1つになっている (ADC以外)
- 各事業ユニットが新製品を軸とした収益構造
- 事業を通じたサステイナブルな社会貢献
ガン領域でのグローバルTop10は非常に大きな目標だと思います。
これを売上高ベースで考えるのならば、ガン領域に注力しているグローバル企業の
ロシュ、ノバルティス、メルク、アッヴィ、J&J、GSK、BMS、ファイザー、サノフィ、アストラゼネカ、ギリアド、アムジェン、イーライリリー、バイエル、べーリンガーインゲルハイム
といった海外メガファーマのガン領域売上高を最低でも5社は超えないとTop10には入れません。
(名前を見ただけでビビります笑)
これらのメガは、ガン領域のブロックバスター級を2, 3個以上は持っていて、後期パイプラインにも複数のブロックバスター級があります。
さらに、ガン領域の開発は非常に費用がかかるので、基本的には海外メガとの提携が必須になります。
そんな状況でガン領域のグローバルTop10に入ることは出来るのでしょうか?
2025年度の計数目標
具体的な計数目標としては以下を掲げました。
◆ 売上収益:1兆6,000億円 (がん領域:6,000億円以上)
◆ R&D費控除前営業利益率:40%
◆ ROE:16%以上
◆ DOE*:8%以上
特に売上高については、現在の1.6倍以上まで増やす計画です。
これにはエンハーツが約4000~5000億円近く売り上げる試算があります。 (2021年度は600億円程度)
さらに、Dato-DXdも1000億円以上を見込んでいます。
個人的注目ポイントは、他社の中計説明会に比べて、この目標売上高に対する投資家からの質問が少なかった点です。
(例えば、協和キリンの中計説明会では、かなりこの点を詰められてました)
機関投資家から見ても、この売上高目標は現実的で十分達成可能だと思われていることを感じました。
2025年度中計を達成するための戦略の柱
今中計を達成するための戦略的な柱として以下の4つの柱を設定しました。
- 3ADC最大化の実現
- 既存事業・製品の利益成長
- 更なる成長の柱の見極めと構築
- ステークホルダーとの価値共創
以下では特にR&D戦略について着目して解説していきます。
戦略の柱1:3ADC最大化の実現
開発・適応拡大計画
「乳がん」と「非小細胞肺がん」を中心に開発を進めていく計画です。
(大腸がん、胃がんについても将来的には計画しています。)
最終的には、「乳がん」と「非小細胞肺がん」において、ほぼ全てのサブタイプに対して、第一三共の3ADCを提供可能にすることを計画しています。
HER3-ADCについては、最近良いニュースがありました。
第一三共、抗HER3ADCがブレークスルーセラピーに指定 (2021年12月4日):
開発中の抗HER3抗体薬物複合体(ADC)が米国でブレークスルーセラピーに指定されたと発表した。対象疾患は「第3世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬およびプラチナ製剤併用療法の治療歴のあるEGFR遺伝子変異を有する転移性非小細胞肺がん」。
同薬がブレークスルーセラピーの指定を受けるのは初めて。
これを受けて、HER3-ADCも他社が提携を持ちかけてくるのではないでしょうか?
さらに、Dato-DXd (抗TROP2 ADC) についても良いニュースがあります。
Dato-DXdは世界7位の価値ある開発品:
DS-1062 (Dato-DXd) は最も価値の高い新薬開発プロジェクトで第7位にランクイン。
国内製薬会社の製品で唯一Top10に入った。
2026年売上高予想は約1400億円
さらに、生産体制についても、最大で3000億円の設備投資を行い、供給キャパシティーを上げていく予定です。
エンハーツについても順調に開発が進んでいることから、この戦略の柱については順調に進んでいます。
戦略の柱2: 既存事業・製品の利益成長
抗凝固剤リクシアナを安定した利益を生み出すことを想定しています。
(ピーク時2200億円以上の売上を予想。)
ガン以外の領域においても新薬事業を拡大する計画です。 (タリージェ、Nilemdo等を想定)
さらに、各国での収益について、新薬を軸とした収益構造にトランスフォーメーションすることで、持続的な成長を支える事情構造に転換しています。
USでの7製品の販売を譲渡 (2022年1月19日):
高血圧症治療薬オルメサルタンなど、米国で販売している7製品の製造・商業化権を米Cosette Pharmaceuticalsに譲渡すると発表しました。
譲渡により、新薬中心の収益構造への転換を進めています。
戦略の柱3:更なる成長の柱の見極めと構築
ここでは持続的な成長に向けて、更なる成長の柱となる製品やモダリティについて言及されています。
以下が一覧です。
特に注目すべき技術についてさらに個人的に解説します。
- ENAファミリー
R&D説明会を見ると、特に希少疾患をターゲットに、核酸医薬品を用いた創薬を次の柱に据えようとしている様子です。
- 第二世代ADC
これはリンカーやベイロード (低分子化合物) が異なるADCになります。
しかし、結局ガン細胞を狙うADCであることには変わりないので、さらなる成長の柱となるには足りない技術のように感じました。
- 新コンセプトADC
このADCはガン細胞に対してのみではなく、免疫細胞などをターゲットにADC抗体を作成するコンセプトになります。
実際、ガンや自己免疫疾患では、生体内で病態を悪化させる方向に働いている免疫細胞がいます。
それらをADCによって除去するような技術になると思います。
抗GARP抗体 (DS-1055) も腫瘍内の制御性T細胞特異的に発現しているGARPをターゲットとした抗体医薬品です。
こちらはADCC作用でTregを除去していますが、この新コンセプトADCが上手くいけば、ADC技術によるADCC抗体の淘汰が起こる可能性もありますね。
- バイスペシフィック抗体
特許情報には、第一三共のバイスペシフィック抗体で取得している特許はないので、実際の開発開始にはまだ時間がかかりそうですね。
2021年度のR&D説明会では、後期開発品についてや、注力モダリティ技術についても詳細に話しているので是非以下の記事をご覧ください!
その他の戦略
- DX推進によるデータ駆動型経営の実現
DXに向けた戦略についてもスライド1枚だけを用いて言及されています。
正直、具体的なことは何も言及されておらず、他の製薬企業が言っていることをそのまま転用しているようですね。
実際形になってくるのは、もう少し時間がかかる印象です。
中外やアステラスが既にDX戦略を表に出している状況から中途半端な取り組みを出せなくなっていますね (笑)
機関投資家からの質問
Q:2030年ビジョンにガン領域という記載がない理由は?
A:ガンが注目疾患の中心であることは変わらない。あえてガンを外してはいるが、重要であることは考えている。
より普遍的にありたい姿を示しており、ガンだけの会社ではないことを主張したいと考えてこのビジョンにした。
Q:第二世代ADCと新コンセプトADCについて詳しく教えて欲しい。
A:
第二世代ADCはペイロードが変わるADC
新コンセプトADCはガン細胞に対してだけでなく、免疫細胞を巻き込みながら機能するADC
Q:2019年度時点での発表では2025年年度の目標売上は5000億だった。今回は6000億円になっているが以前よりも1000億が上がっているのはなぜか?Dato-DXdによるものか?
A:以前に公表したときよりも、全体の開発品の成功確率が上がっているため1000億円分を上乗せした。
Q:リクシアンの売上高予想が2024年度より2025年度で落ちる理由は?製品自体は2027年の特許切れがあるという認識だが他の要因があるのか?
A:競合他社品の特許が切れるため、リクシアンの売上に影響が来ると考えている。
Q:HER3-DXdの開発戦略は?
A:フランス・グスタフルーシー研究所との共同開発を進めている。海外メガと提携せずとも、エンハーツなどで培ったノウハウで自社単独でも十分に開発可能と考えている。
Q:mRNAワクチンや遺伝子治療についての今後の戦略は?
A:mRNAも順調に研究が進んでいる。AAVについては、ウルトラジェニック社と協業し、プラットフォームを構築中。今後も様々な企業とコラボしていく予定。
Q:乳がんの検診数がCOVID-19の影響で下がっていることが報告されているが、エンハーツ等に対する影響は?
A:現在の開発は後期での適応なので関係はない。しかし、より早期での適応の治験が始まると将来的には関係するかもしれない。
Q:がん領域の開発における認識しているリスクは?
A:競合他社のADCの仕上げ具合はリスクと考えている。特にADCが上手くいっていることを知り、海外メガもどんどん参入してきている。
Q:海外売上高比率のイメージは?
A:2025年時点の海外売上高がが50%を超える予定。
Q:大衆薬への今後のスタンスはどう考えているのか?
A:利益率が高いので、ヘルスケアをトータルで提供する上で重要だと考えている。
(第一三共ヘルスケアは売らないのか??一時期噂になっていたが。。。)
Q:感染症ワクチンについて、今後海外展開を予定しているのか?
A:まずは日本に届ける計画だが、現在当局と相談中。
個人的な見解
R&Dトップの交代が投資家の懸念
5年間第一三共のグローバル研究開発ヘッドだったAntoine Yver氏が2021年で退任し、次の方に引き継がれるそうです。
アストラゼネカ社との提携や3ADCの研究開発をここまで軌道に乗せた立役者であるAntoine氏が交代することは投資家からも懸念事項であるそうです。
(質問も多かったですね)
後の方も素晴らしい経歴の方ですが、期待値は高そうですね!
会社的には次の成長段階に入った今こそがトップ交代の絶好のタイミングであるという主張でした。
協和キリンに比べて非常に分かりやすい開発戦略の明示
特に3ADCについて、非常に分かりやすく、無駄のない開発拡大戦略です。
それに比べて協和キリンの中計では具体性の低い拡大戦略で不安になっていました。
このあたりにも会社の開発練度が分かりますね。
実際の戦略自体も、適応疾がん種全体をカバーするような開発戦略で、第一三共のUSでのプレゼンツを高める素晴らしい戦略です (Antoineさん凄い)
最後に
ADCについてはほぼ死角無しと言った現状です。
国内製薬でここまで突出したプラットフォームを持つ企業は中外製薬の抗体以外にはないんじゃないでしょうか?
しかし、次の戦略の柱となるモダリティについてはまだ見えてきていません。
希少疾患をターゲットとした遺伝子治療になるのでしょうか??
やはり、がん領域で今後成長していく上では、がん領域での次のプラットフォーム構築を目指すことが必要ではないでしょうか?
固形ガンを狙った細胞療法とか??
今後の柱の具体化に期待です!!
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