今回は2021年2月14日に公開された中外製薬の中期経営計画 (2021~2030) について、既にこの一年で起こったことも踏まえて、解説していこうと思います。
さらに、中外製薬が出している他のコンテンツ配信 (Note, Youtube etc…) も紹介しながら解説していきます!
こちらの記事を読むことで、中外製薬が進もうとしている方向性と将来が分かると思います。
是非就活や業界研究に役立てて頂けると幸いです!
さらに、2021年度のR&D説明会についても既に記事にしているのでこちらも一緒に読んでもらえるとさらに理解が深まります!
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全体概観
実は、中外製薬の前回中期経営計画は「2019~2021年の3ヶ年計画」を打ち出していました。
しかし、2020年度で以下の目標を早期に達成しました。
- 自社品 (ヘムライブラ、アクテムラ) のグローバル市場での成長や、新製品 (テセントリク etc…) の国内市場での拡大によって、財政的な目標を達成
- 開発品 (エンスプリング、クロバリマブ) の進展や、創薬プロジェクト (中分子創薬) の進捗によって、定性的な目標を達成
その結果、1年前倒しで当初の中計を終了し、さらなる成長加速に向けての取り組みを開始することにしました。
それこそが、2030年に向けた新たな成長戦略「TOP I 2030」(トップ アイ 2030)になります!
また、今後は3年ごとの中期経営計画を廃止し、途中でその都度マイルストンを意識しながら2030年に目指す姿を実現していく方針に決定しました。
2030年に到達したい姿と実現を支える柱
中計の中では、2030年に到達したい「トップイノベーター像」として、以下の三つの点を提示しています。
- 世界の患者さんが期待する
- 世界の人材とプレーヤーを惹き付ける
- 世界のロールモデル
その姿実現のための2つの柱として、以下を上げています。
- 世界最高水準の創薬の実現
- 既存技術 (抗体、低分子) の拡大と新規技術基盤 (中分子) の構築
- R&Dのアウトプットを倍増させることで、毎年自社グローバル品上市
- デジタル活用、世界的なトッププレーヤーとの連携強化によるイノベーションの加速
- 先進的事業モデルの構築
- デジタルを活用した製品価値の向上
- 全体の生産性向上
- インサイトビジネスの事業化
インサイトビジネスって何??
そもそもインサイトビジネスとは、
質の高い膨大なデータから価値のある洞察 (インサイト) を見いだし、それを求める顧客へ提供することで対価を得るビジネス
具体的には以下の2点に分けられます。
- 医療従事者に対するクリニカルディシジョンサポート
- 製薬企業の研究開発を支援するR&Dサポート (Flatiron HealthやFoundation Medicine、Roche Diagnostics等)
既にロシュはインサイトビジネスを構築しているため、ロシュのノウハウも学んでいきながら実施していく。
(すみません、私はそこまで理解出来てません笑)
トップイノベーター像実現に向けた5つの改革
TOP I 2030では次の創薬の5つのステップで改革を実施していく計画です。
① 創薬
中外製薬は創薬ビジョンにマルチモダリティ戦略を掲げています。
この戦略は簡単に言うと
「中外が見つけた独創的な創薬ターゲットを一番最適なモダリティで狙っていこうぜ!」
っていう戦略です。
一見聞くと当たり前のように聞こえるのですが、「一番最適なモダリティ」というところが案外困難なことは製薬業界の方は分かると思います。
実際は、各企業でモダリティの得意不得意や技術力に差があって、ターゲットに対する最適なモダリティを採用するのは難しいです。
なんなら、モダリティベースでターゲットが限定されてしまうこともあります!
(例えば、低分子創薬しか出来ない会社では狙えないタンパク質もありますよね。。。)
そこで、中外製薬はモダリティ技術について特に注力して取り組み、マルチモダリティ戦略を実現させていく予定です。
中分子創薬
既存の低分子・抗体に加えて、注力する新規モダリティとしては、中分子創薬を考えています。
(自社単独でのプラットフォーム構築)
中分子創薬の利点としては
- 細胞内にアクセス可能 (抗体✖️、低分子〇)
- 経口投与可能 (抗体✖️、低分子〇)
- 抗体並みの特異性 (抗体〇、低分子✖️)
- ライブラリーの多様化が可能 (抗体✖️、低分子〇)
これによって抗体や低分子では不可能だった有望な創薬ターゲットを狙えると考えています。
(低分子、抗体、中分子以外のモダリティはロシュのモダリティも候補に入れていく計画です。)
実際、2021年のR&D説明会では中外製薬独自の中分子戦略について詳しく説明されていました。
以下の記事をご参考ください。
② 開発
開発においても、早期開発と後期開発に分けて改革を進めていきます。
早期開発
- M&S*やヒトオルガノイド構築など革新的な技術を活用したヒト予測性向上
実際、マウスで薬効が出ても、ヒトでの薬効が出ることは全く保証できません。
そこで、非臨床段階で「ヒトでの薬効」や「有効投与量」を正確に予測することは開発の生産性に非常に関わります。
M&S (Modeling & Simulation):
・非臨床データからの臨床結果の予測
・開発戦略や臨床試験のデザインの最適化
・特殊集団の用法用量検討
・同種同効薬との差別化
を実施するために必要な解析プロセス
こちらのNoteで中外製薬のM&S戦略について非常に詳しく説明してくれていますね。
- 開発早期で適応疾患を特定することで複数適応同時開発
研究開発の初期段階で適応疾患をしっかり特定することで、無駄な開発をせずにスムーズに進めることが可能です。
特に、中外の場合はグローバル開発はロシュなので、自社で適応疾患を特定することでロシュに渡す場合も有利に進められます。
(例えば、適応疾患が曖昧なまま渡すと、ロシュに優先順位を落とされたりする可能性も考えられますよね。。。)
後期開発
- デジタル技術の活用による効率化で生産性倍増
最も注目されている技術としては、既存薬群をリアルワールドデータを用いることで開発を素早く行うことが考えられます。
日経新聞にて、以下の記事が紹介されていました。
③ 製薬
創薬だけではなく、革新的な技術に対しては商用生産も同時に革新的な製薬技術が必要になります。
以下が3点が具体的な取り組みになります。
- 競争力のある製造技術を確立
- 世界レベルのスピードでの抗体開発
- ロボティクス化、スマート工場によるコスト効率化
個人的に「中外製薬の製造技術の高さ」を思い知ったのは、バイスペシフィック抗体である「ヘムライブラ」生産の苦労話です。
バイスペシフィック抗体を普通に製造しようとすると、重鎖と軽鎖の組み合わせによって10通りの抗体ができます。
そこで、中外は2つの重鎖に対して軽鎖を共通化することで組み合わせを3種類まで減らした上で、目的のバイスペシフィック抗体を優先的に産生させる技術を開発しました。
以下の実験医学にその苦労話が詳しく載っていました。
やはり、創薬は薬を創製するだけでは終わらなくて商用生産をどれだけ効率化出来るかにかかっていると感じた瞬間ですね。
④ Value Deliver
- 有効性・安全性を的確に予測可能なバイオマーカーの開発
「創薬や開発を通じて蓄積された各種データベース」や、「リアルワールドデータを統合的に解析・活用」することで、個別化医療を促進するエビデンス創出を高度化し、患者さんごとに有効性・安全性を的確に予測するバイオマーカーの開発も加速します。
- リアル・リモート・デジタルの最適活用による迅速・的確な情報提供 (特にMR部門)
医療関係者や患者さんが求める情報を、高い専門性を担保しながら的確かつ迅速に届けることにより一層注力していきます。
⑤ 成長基盤
上記の4つの改革を成功させるために成長基盤を強化することを計画しています。
具体的には主に以下の点になります。
- 人・組織等の強化
- デジタル基盤の強化
機関投資家の質問
Q:今回の中計では、定量的なKPIはあまり示していないがどういう意図なのか?今後も開示はないのか?
A:3年後のKPIよりも、R&Dパイプラインや決算を丁寧に随時公表していく方が良いと判断した。
Q:中外製薬が独立して上場していることはイノベーティブであることについて必要なのか?
A:必要であると考えている。
(この質問はどういう意図なんだろう??ロシュ傘下に完全に入って上場廃止した方が良いと考えている投資家がいるのか?)
個人的見解
いつもの中外製薬の発表スライドに比べて、全体的に内容が薄いように感じました。
投資家からの質問にもありましたけど、具体的な数値目標などは提示せずに抽象的な取り組みを紹介していたからでしょうか?
2021年R&D説明会を踏まえた現在の達成度合い
中分子創薬のプラットフォーム構築については順調に進んでそうですね。
LUNA18という中分子薬も開発に入ったことを考えると計画通りのように思います。
それ以外にも抗体技術の開発品も続々と臨床入りを果たしているので、研究開発の点については十分にマイルストンは達成していると思われます。
デジタル化を最も上手く取り入れられている国内製薬企業
中外製薬は2020, 2021年に医薬品部門のDX銘柄に選抜されています。
DX銘柄とは:
デジタル技術を前提として、ビジネスモデル等を抜本的に変革し、新たな成長・競争力強化につなげていく企業を経済産業省と東京証券取引所が共同で選定するもの
基礎研究では「抗体配列の最適化」、開発では「リアルワールドデータを用いた効率化」など、創薬プロセス全体でここまでDXが組み込まれている会社は確かに他にないですよね!
実際、他の内資製薬はDXとかいいながら、一部の部署のみが取り組んでいて、全社的な取り組みには至っていない印象です。
中外はNoteを通じて、DX戦略について詳しく説明しています。
この公式Youtube動画も勉強になりました!
最後に
まず、中計を1年前倒しで達成して、次のステップに進めるところは経営が非常に上手くいっていることを一番示していると思います。
しかも、現在はコロナに対する抗体医薬 (ロナプリープ) やアクテムラの売上も乗ってきているので、売上高利益ともにイケイケですね。
今のうちに新戸塚研究所も建てて、ますますイノベーションを加速させていくことが想像できます。
何も言うことはありません (笑)
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